ヴァレリー・ロバノフスキー

Valeri Vasilevich Lobanovsky 1939~2002

ディナモキエフの監督を20年近く務めた名将。科学的なトレーニングと規律を厳守し、走力を重視したスピーディなサッカーを展開した。高い位置でプレスをかけるスタイルをとり、選手にはさまざまなポジションをこなす能力を求めた。

ディナモキエフではソビエト連邦のリーグでロシア勢を凌ぐ成績を残す。1975年にはカップウィナーズカップで優勝し、ソ連のクラブとして初のヨーロッパタイトルを獲得。1970年代~1980年代にかけてクラブの黄金時代を築いた。また兼任でソ連代表とウクライナ代表を率い、ほぼディナモキエフ出身者で固めたソ連代表で臨んだ1988年のユーロで準優勝と結果を残す。

1990年代後半にディナモキエフの監督に復帰すると、シェフチェンコを擁しチャンピオンズリーグで1997/98シーズンにベスト8、1998/99シーズンはベスト4と栄光の時代を取り戻した。ウクライナ代表監督に就任して迎えた2002年のワールドカップ日韓大会はプレーオフでドイツに敗れ本大会出場を逃す。2002年5月7日、ウクライナリーグ、メタルググザボロージャ戦後に倒れ、永眠。人生の最後までグラウンドに立ち続けた監督だった。この死を悼み、その年のチャンピオンズリーグ決勝では黙祷を捧げ、またディナモのホームスタジアムは「ロバノフスキースタジアム」に改名された。また翌2003年にミランの一員としてチャンピオンズリーグを制したシェフチェンコは、優勝メダルを彼の墓前に捧げたという。

1969 ドニプロ(ソ連)
1970 ドニプロ(ソ連)
1971 ドニプロ(ソ連)
1972 ドニプロ(ソ連)
1973 ドニプロ(ソ連)
1974 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝
1975 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝
ソ連代表
1976 ディナモキエフ(ソ連)
ソ連代表
ユーロ予選敗退
1977 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝 CCベスト4
1978 ディナモキエフ(ソ連)
1979/80 ディナモキエフ(ソ連)
1980 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝
1981 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝
1982 ディナモキエフ(ソ連)
ソビエト連邦代表
1983 ディナモキエフ(ソ連)
1984 ディナモキエフ(ソ連)
1985 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝
1986 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝
1987 ディナモキエフ(ソ連)
CCベスト4
ソ連代表
1988 ディナモキエフ(ソ連)
ソ連代表
ユーロ準優勝
1989 ディナモキエフ(ソ連)
ソ連代表
1990 ディナモキエフ(ソ連)
リーグ優勝
ソ連代表
Wカップグループリーグ
1990/91 UAE代表
1991/92 UAE代表
アジアカップベスト4
1992/93 UAE代表
1993/94
1994/95 クウェート代表
1995/96 クウェート代表
アジアカップベスト4
1996/97 ディナモキエフ(ウクライナ)
リーグ優勝
1997/98 ディナモキエフ(ウクライナ)
リーグ優勝 CLベスト8
1998/99 ディナモキエフ(ウクライナ)
リーグ優勝 CLベスト4
1999/00 ディナモキエフ(ウクライナ)
リーグ優勝
2000/01 ディナモキエフ(ウクライナ)
リーグ優勝
ウクライナ代表
2001/02 ディナモキエフ(ウクライナ)
途中死去
ウクライナ代表
Wカップ予選敗退

ロバノフスキー語録

フットボールに革命はない。もしあるとすれば、それは唯一74年のオランダ代表だけだ。
試合の記憶はいずれ消えるが、結果はいつまでも残る。華麗な攻撃的サッカー? 私には何のことだかさっぱりわからない。
サッカーにおいて最も重要なポイントがボールのないときのプレーだということを理解できない選手がいるようでは、監督として打つ手なしだ。そうした選手抜きで戦うしかない。
試合中のエラー率が18%以下なら強いチームのはずだ。
当時、まだ珍しかったコンピュータを使った試合分析を行っていたロバノフスキーらしい言葉。

2 Comments

  1. 1997/98のCL準々決勝のユベントスvsディナモキエフ、ユベントスのエースでこの大会の得点王に輝くデルピエロに翻弄されるディナモキエフを、じっと見つめる寡黙な名将ロバノフスキーは、珍しく試合中に選手たちに話しかけた。

    「彼(デルピエロ)のテクニックは確かに素晴らしいが、彼は倒れすぎだ。タックルを受けただけで、すぐに倒れてしまう。サッカーは大地に二本の足を踏みしめながら行うスポーツだ。倒れたらそこで終わりなんだ。絶対に負けてはいけないのだよ。」

    サッカーはただのスポーツではなく、正に生きるか死ぬかの戦争であったというソ連時代を知るロバノフスキーならではの言葉だ。
    この言葉をベンチで聞いていたのが、後に世界的なストライカーとして名を馳せる、ウクライナの英雄アンドリー・シェフチェンコ。彼の簡単に倒れない強靭なフィジカルとプレースタイルは、ロバノフスキーの言葉に少なからず影響を受けたのかもしれない。

    • コメントありがとうございます。
      返信遅くなってすみません。最近、更新していなかったので(汗)。
      文章、お上手ですね。
      そして「サッカーは大地に二本の足を踏みしめながら行うスポーツだ。倒れたらそこで終わりなんだ」というのも、ロバノフスキーらしい名言ですね。

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