ウド・ラテック

Udo Lattek 1935~2015
選手実績 / なし

リーグ優勝8回を誇るブンデスリーガ史上最も成功した監督のひとり。人心掌握に非常に長け、ざっくばらんな人柄で選手の意見を取り入れるスタイルは、当時のドイツ・サッカー界で主流だった上下関係を重んじる厳格な指導法とは対照的なものだった。戦術的には革新的なところはなかったものの、バイエルンでは攻撃重視、メンヘングラッドバッハでは堅実な守備、といった具合に戦力をうまく使って強いチームを作ってきた。またバイエルン時代はベッケンバウアー、ブライトナー、ゲルト・ミュラーといった若き才能を育て上げ、彼らの活躍によりバイエルンはドイツ最強のクラブへと躍進した。西ドイツのアシスタントコーチ時代、1966年のワールドカップ・イングランド大会では協会予算の問題からラテックを西ドイツに残していく事になっていたが、これに反対した代表選手たちが自ら資金を集めラテックを本大会に同行させた。彼の人望が厚かったことがわかるエピソードだ。

選手歴

アマチュア選手としてプレイしていたがプロ契約には至らず。 ミュンスター大学で教育学を学び、1950年代後半にはヴィッパーフュルトで高校教師を務めていた。

監督歴

1960年代、西ドイツサッカー協会入り。ユース代表監督と兼任でシェーン西ドイツ代表監督のアシスタントコーチを務める。1970年、ベッケンバウアーの助言でバイエルンミュンヘンの監督に就任すると、1972年から同クラブをブンデスリーガでの3連覇に導く。1972/73シーズンにはチャンピオンズカップで優勝。バイエルンの黄金時代を築く。

1975/76シーズン、ボルシアメンヘングラットバッハ監督に就任。3年間でリーグ優勝2回、リーグ準優勝1回、チャンピオンズカップ準優勝1回の好成績を挙げる。しかし最後の4年目はリーグ10位と低迷。監督を退任する。その後、ドルトムント、バルセロナの監督に就任するもそれほどの結果は残せなかった。1983/84シーズン、バイエルン2度目の監督に就任すると、4年間で3回のリーグ優勝を果たし、ブンデスリーガでの優勝回数記録を8回に伸ばした。

1986年、ブンデスリーガの名門1FCケルンのスポーツディレクターに就任。無名の存在であったクリストフ・ダウムを監督に抜擢し、リーグ準優勝2回、チャンピオンズカップベスト4の結果を残した。しかし経営陣とのトラブルから1FCケルンを退団。スポーツディレクターの職は向かないと監督としての現場復帰を望んだラテックは、名門ながら低迷していたシャルケ04のアイヒベルク会長の誘いを受け、シャルケ04の監督に就任。順位を10位前後まで引き上げるが、アイヒベルク会長とのトラブルから1993年1月に解任される。「サッカーの事を全く知らない会長に振り回されるのはもう充分。多くのタイトルを獲得したし、監督業はもう引退する」と発言。ドイツスポーツテレビのコメンテーターやコラムを書く等のジャーナリストとしての仕事を始める。

2000年4月、名門ボルシアドルトムントのニーバウム会長に説得され、シーズン終了まで同クラブの監督に就任。ドルトムントは数年前にはUEFAチャンピオンズリーグで優勝を果たした強豪ながらブンデスリーガでは大不振に至り、当シーズンでの2部降格はほぼ確定とされていた。ラテックはそんなチームを僅か1ヵ月で立て直し、奇跡と言われたブンデスリーガ残留を果たす。ニーバウム会長は契約延長を希望するが「もう21世紀を迎えた。今日のサッカー業界はもう自分には合わない」と再び監督引退表明をし、コメンテーターとしてドイツスポーツテレビに復帰した。

1970/71 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ2位
1971/72 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ優勝
1972/73 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ優勝 CCベスト8
1973/74 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ優勝 CC優勝
1974/75 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ10位 CC優勝
1975/76 メンヘングラットバッハ(ドイツ)
リーグ優勝
1976/77 メンヘングラットバッハ(ドイツ)
リーグ優勝 CC準優勝
1977/78 メンヘングラットバッハ(ドイツ)
リーグ2位
1978/79 メンヘングラットバッハ(ドイツ)
リーグ10位
1979/80 ドルトムント(ドイツ)
リーグ6位
1980/81 ドルトムント(ドイツ)
リーグ7位
1981/82 バルセロナ(スペイン)
リーグ2位
1982/83 バルセロナ(スペイン)
リーグ4位
1983/84 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ4位
1984/85 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ優勝
1985/86 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ優勝 CCベスト8
1986/87 バイエルンミュンヘン(ドイツ)
リーグ優勝 CC準優勝
1FCケルン(ドイツ)※ディレクター
1987/88 1FCケルン(ドイツ)※ディレクター
1988/89 1FCケルン(ドイツ)※ディレクター
1989/90 1FCケルン(ドイツ)※ディレクター
1990/91 1FCケルン(ドイツ)※ディレクター
1991/92
1992/93 シャルケ04(ドイツ)
リーグ10位
1993/94
1994/95
1995/96
1996/97
1997/98
1999/00 ドルトムント(ドイツ)
リーグ11位
2000/01

ラテックについて

ウドにはとても厳しい一面もあったが、普段は友人のように接してくれた。自分たち選手と一緒に酒を飲んだことさえあったよ。まるで12人目の選手のようだった。
by ゼップ・マイヤー(元バイエルンGK)

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