ヴァヒド・ハリルホジッチ

Vahid Halilhodži 1952~
選手実績 / ★★

途中解任されたアギーレの後任として日本代表を率いるハリルホジッチ。厳格な指導で知られるが、その実績は確か。モロッコのラジャカサブランカをアフリカ王者に導き、就任時2部だったフランスのリールをチャンピオンズリーグ出場まで引き上げた。2014ワールドカップでアルジェリア代表を率いて決勝トーナメントに進出。1回戦で優勝国のドイツ代表を延長戦まで追い詰める接戦を演じた。元日本代表監督イビチャ・オシムとも親交が深い。

選手歴

選手時代のポジションはFW。ヴェレジュモスタル、ナント、パリサンジェルマンなどに在籍、ヴェレジュモスタル時代は11年間で通算207試合出場、103ゴールを挙げ、ナント時代にはフランスリーグ得点王に2度輝いた。ユーゴスラビア代表には1976年から1985年まで招集され、15試合に出場して8ゴールを挙げた。1976年のユーロ、1982年のワールドカップに出場。

監督歴

選手時代の蓄えを元手に母国にて飲食店、衣料品店などの事業に出資するがボスニア・ヘルツェゴビナ紛争にて資産が消滅。その後、古巣のヴェレジュモスタルで初めて監督となる。しかし紛争が激化した影響でサッカーどころではなくなりフランスへ移住。自宅の前で起きた銃撃戦に巻き込まれ重傷を負った事もあったという。

1995年にフランス国籍を取得。1997年から1998年まで監督を務めたモロッコのラジャカサブランカで国内リーグを2連覇、1997年のCAFチャンピオンズカップを制しアフリカチャンピオンに導いた。1998年から2002年まで監督を務めたフランスのリールメトロポールでは、1999/00シーズンに2部リーグ優勝、2000/01シーズンは昇格1年目ながら3位に食い込み、その手腕が評価され同年の年間最優秀監督に選ばれた。

2008年、コートジボワール代表監督就任。アフリカネイションズカップ2010では優勝候補だったが準々決勝でまさかの敗退を喫し、責任をとる形で代表監督解任。2010/11シーズン、クロアチアリーグのディナモザグレブ監督に就任。リーグ優勝を果たすが1シーズンで退団。

2011年6月にアルジェリア代表監督に就任。2014ワールドカップではアルジェリアを史上初のベスト16に導びいた。アルジェリア国民は続投を望んだが退任。ワールドカップ後にトルコのトラブゾンスポル監督に復帰したが、2014年11月に契約解除。

2015年3月、日本代表監督に就任。2017年8月、オーストラリアを下し、ワールドカップ出場を果たす。

1990/91 ヴェレジュモスタル(ユーゴ)
1991/92 ヴェレジュモスタル(ユーゴ)
1992/93
1992/93 ボーヴェ(フランス2部)
1993/94
1994/95
1995/96
1996/97
1997/98 ラジャカサブランカ(モロッコ)
1998/99 リール(フランス2部)
リーグ4位
1999/00 リール(フランス2部)
リーグ優勝(1部昇格)
2000/01 リール(フランス)
リーグ3位
2001/02 リール(フランス)
リーグ5位 CLグループリーグ
2002/03 レンヌ(フランス)
リーグ15位
2003/04 パリサンジェルマン(フランス)
リーグ2位
2004/05 パリサンジェルマン(フランス)
リーグ9位 CLグループステージ
2005/06 トラブゾンスポル(トルコ)
リーグ4位
2006/07 アルイテハド(サウジアラビア)
途中退任
2007/08
2008/09 コートジボワール代表
2009/10 コートジボワール代表
アフリカネイションズカップベスト8
2010/11 ディナモザグレブ(クロアチア)
リーグ優勝
2011/12 アルジェリア代表
2012/13 アルジェリア代表
2013/14 アルジェリア代表
Wカップベスト16
2014/15 トラブゾンスポル(トルコ)
途中退任
2015/16 日本代表
2016/17 日本代表

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*