ルチアーノ・スパレッティ

Luciano Spalletti 1959~
イタリア国旗

ローマ時代に、生粋のCFを置かない戦術「ゼロトップ・システム」を考案。細かなパス回しとMFの走り込みを組み合わせた攻撃サッカーはセリエAで最も美しいサッカーと言われた。対戦相手のビデオなどによる戦術的分析をかかさず、手持ちの駒で非常に効果的な戦いを見せることが多い。彼の非常にプロフェッショナルな発言やチームに尽くす姿勢から、フロントをはじめ選手からの信頼が非常に厚い。

選手歴

イタリア3部リーグのチームで13年間プレーしていた。ポジションは守備的MF。

監督歴

1995/1996シーズン、所属クラブのエンポリで監督に就任。その後、サンプドリア、ヴェネツィアの監督を歴任するが、いずれもセリエB降格に。続くウディネーゼでも降格の危機に瀕したことから「降格請負人」というニックネームを持ってしまった。

監督としての評価を確固たるものにしたのは、2002年の2回目のウディネーゼの監督就任以降である。2004/2005シーズン、ウディネーゼは3位でシーズンを終え、クラブ史上初のチャンピオンズリーグ出場権を手にしたが、スパッレッティはそのシーズンで監督を辞した。

ローマの監督に就任した。ローマでは、トップ下の攻撃的MFだったトッティをセンターフォワードにコンバートし、チームの再建を成功させた。生粋のストライカーを起用せず2005/2006シーズンには、セリエA新記録となる11連勝を成し遂げた。2006/07、2007/08シーズンと2年連続でローマをセリエA、2位、チャンピオンズリーグベスト8の好成績に導くが、2008/09シーズンは怪我人の続出や新戦力の不発などで6位に後退。本人は辞任も考えたが、選手やフロントの強い支持もあり残留。しかし翌2009/10シーズンでは開幕から2連敗し、その責任を取り辞任。

2009年12月、ロシアのゼニトサンクトペテルブルクの監督に就任。個に依存していたチームに戦術を植え付け、連動性に優れた組織的完成度の高い集団へと生まれ変えた。ロシアカップ制覇に導くと、3年ぶりとなるリーグ制覇へと導いた。しかし2014年になると不振が続き、3月に解任された。

2016年1月、成績不振により解任されたリュディ・ガルシアの後任として、約7年ぶりに古巣ローマの監督に復帰した。

1995/96 エンポリ(イタリア3部)
リーグ3位(2部昇格)
1996/97 エンポリ(イタリア2部)
リーグ2位(1部昇格)
1997/98 エンポリ(イタリア)
リーグ12位
1998/99 サンプドリア (イタリア)
リーグ16位(2部降格)
1999/00 ヴェネツィア(イタリア)
リーグ16位(2部降格)
2000/01
2001/02 ウディネーゼ(イタリア)
途中解任
アンコーナ(イタリア2部)
リーグ8位
2002/03 ウディネーゼ(イタリア)
リーグ6位
2003/04 ウディネーゼ(イタリア)
リーグ7位
2004/05 ウディネーゼ(イタリア)
リーグ4位
2005/06 ローマ(イタリア)
リーグ2位
2006/07 ローマ(イタリア)
リーグ2位 CLベスト8
2007/08 ローマ(イタリア)
リーグ2位 CLベスト8
2008/09 ローマ(イタリア)
リーグ6位 CLベスト16
2009/10
2010/11 ゼニト(ロシア)
リーグ優勝
2011/12 ゼニト(ロシア)
リーグ優勝 CLベスト16
2012/13 ゼニト(ロシア)
リーグ2位 CLグループリーグ
2013/14 ゼニト(ロシア)
リーグ2位
2014/15
2015/16
2016/17 ローマ(イタリア)
リーグ2位
2017/18 インテル(イタリア)

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